自分の中に、相手の中に。小さな子供のイメージを。

”アダルトチャイルド”について
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「アダルトチルドレン」と聞くと、子供の頃に虐待を受けたり、愛情不足だったり、とかく「可哀そうな子供時代」を送った人がなるイメージを、多くの方が持つと思います。

前からこのブログでも何度も書いていますが、親から虐待を受けたり、愛情が欠乏などしていなくても、いやむしろ、あふれんばかりの親の愛情を注がれていても。

それがあなたの望むものでなかったとき、望む形ではなかったとき。なのにそれを口に出せず、親や周囲の望む姿になることを、自ら課してしまったとき。”アダルトチルドレン”な気質を、身につけてしまうのかもしれません。

僕は、自分が「アダルトチルドレン」だから、ということもあってか、コメントのやり取りなどをさせてもらっていると、「あぁ、この人の中にも、そういう気質があるのかな」と感じる瞬間が多々あります。

直接的に「あなた、アダルトチルドレンですね」などと聞いたりはしませんが、「ご両親との関係に何かあったのかな?」とか、「子供時代に何かあったのかな?」とか問いかけたりするときは、大抵、その直感を感じている時です。

そして、パートナーとの間で問題を抱えて苦しんでいる方には、驚くほど多くそういった方がいらっしゃいます。

そのことを責めるつもりは毛頭ありません。むしろ、抱きしめて背中をなでてあげたい。「よく頑張って生きてきたね」と。

ただ、自分が「アダルトチルドレンだ」と気付いても、湧き上がってくる感情に制御が効かなくなることは、無くならなかったりします。

まるでそのことを忘れさせまい、とするかのように、パートナーの何気ない一言に反応してしまったり。謝られれば謝られるほど、逆上してしまったり。

そんな時には、自分の中に「小さなころの自分」が居て、怒ったり、いじけたりしている姿をイメージしてみるといいですよ。そして「小さな自分」が怒ってるんだ。いじけてるんだ。そういうイメージを持つと、多少は冷静になれたりします。

先ほど書いた「直感を感じる相手」の中にも、僕は「小さな男の子、女の子」をイメージしています。そしてこう思う。「大丈夫、あなたの気持ちはよく分かるから、安心して自分を出していいんだよ」と。

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