「性」の恨みは「食べ物の恨み」よりも怖い

真面目な”性”の話
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昔から、「食べ物の恨みは怖い」と言いますが。

「性」の恨みは、それに負けず劣らず、怖いと思います。

厄介なのは、「食べ物の恨み」は恨んでも憎んでも結局は何か食べないと死んじゃうから、別のもので腹を満たすなどの手立てをとりますが、「性」の恨みでは死なないから、どんどん溜め込んでいってしまう点。

これは、何も「したいのに、拒否された」というセックスレスの恨みだけではありません。

「嫌だと思っていることを、強要される」とか、「して欲しいことを、してもらえない」など。

パートナーに向いていく恨みだけではなく、言い出せない自分に向けてだったり、それ以前に自分がそんな欲求を持っていることすら気付けずに、ただただイライラする場合だってある。

そして、その「恨み」の怖さについて、存在自体が認識されていなかったりする。

そして、その「性」の恨みに絡みついているのが親に対する「本当はこんな風に生きたかった!」「こんな風にしてみたかった!」という別の恨み。

この二つが揃うと、やばいです。往々にして、どっちがどっちか分からなくなって、一緒くたに考えて「もう!もう!なんで私だけ!」みたいにパニック状態になってしまう。

逆に言うと、そのどちらかでも解きほぐせると、「性」の恨みに起因している様々な問題が解けていきやすくなる。

「親への恨み」は、そのことをしっかりと自分で理解できて、そういう思いを持っている自分をしっかりと受け止めることで、少しは軽くなる。場合によっては、親にぶつけることも必要だけど。

でも、「性」の恨みは、「性」のことでしか解決できないことが多い。

「こうしてみたかった」「これが嫌だった」は、きちんと口に出して相手に伝えることが必要です。でも、それをいきなり生身の相手に伝えるのは、なかなか難しい。

一度、書き出してみたり、誰か信頼できる人に聞いてもらったりして、自分の持っている「恨み」を整理してみましょう。

くれぐれも、自分の中に溜め込まないように、ね。

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