男は暴力的になった時点で「負け」

「レス」の克服
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この数日、出産前後の夫婦の「行き違い」から、離婚の際に立っている新米ママさんのブログを読ませてもらっています。

ご主人は、以前は”優しかった”にもかかわらず、今は大声をあげたり、攻撃的な態度をとっているご様子。その様子を想像するにつけ、以前自分自身がたどった道と被るように感じて、切ない気分になります。

ご両親と、言い合いをすることもなく来た、というご主人。恐らく、これまで「いい子」「いい人」のレールを歩んできたんではないかな、あくまで想像ですが、そんな風に思います。

記事に書かれていることが全てではないかもしれませんし、ご本人から直接聞いたわけでもないから、間違っているかもしれませんが。

このご主人は、きっと基本は「優しい」性格なのでしょう。奥さんの方が「もう離婚したい!」と言うのにも我慢して本人流に「尽くして」きた。でも、その我慢がリミットを越えてしまうと、今度は一切を受け付けられずに、冷静に話をすることすらできなくなってしまった。

心のシャッターが、下りてしまったのでしょう。「俺はこんなに頑張って尽くしてやってきたのに、それでもお前は俺を否定するのか!」と激しい怒りを感じている。そんな感じではないでしょうか。

もちろん、頑張ってきたことは事実なのでしょう。例えそれが奥さんの希望とズレていたとしても。

でも、自戒を込めて言いますが、暴力的になった時点で男は負け、です。

そこに、どんな怒りや苦しみがあろうとも。

夫婦で揉めるようになってから、いや、転職で「いい息子」のレールを外れてから、僕は夫婦喧嘩の際に大声を出したり、物に当たったりするようになりました。当時、「これじゃぁまるで、自分が”駄々っ子”みたいじゃないか!」と思ったりしていましたが、それもそのはずです。だって、駄々っ子になっていたのだから。子供の頃から親に対して出来なかった「甘え」を、妻に対してしていたんです。

「愛してもらいたい」相手に認めてもらえない怒りは、ご自身でも思いもよらないほど本当に強いものです。しかし、その怒りを鎮めるために必要なのは、相手から認めてもらえること、ではありません。本当に必要なのは「自分で自分を認める」ということ。

どこかでそのことに気付かなければ、このご主人はいつまでも同じところを彷徨ってしまう気がする。その原因を、人のせいにして。

日頃見せている姿だけが、その人の本性ではありません。いや、追い詰められ、苦しんでいるときに見せる姿こそが、誤魔化しようのないその人の「本性の一つ」である、ということ。自分自身の中にそういう”暴力的な一面”があることを自分で認めること。

そして、男性にとってはそういった”暴力的”決して「特別な事」ではない、ということ。

そこを「ご自身」が認めたうえで、ご自身と向き合うことが出来れば、きっと本人は楽になることが出来るだろう。そんな風に思ってしまいますが、、、。

 

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