先日、「あなたにとってセ〇〇スとは何ですか」という記事を書きました。
僕のタイトルのつけ方に問題があったかなぁと思うのですが、この記事の趣旨は、「自分自身がセ〇〇スに感じていることを、恥ずかしがらずに認めて欲しい」ということをお伝えしたい、という所にありました。「セ〇〇スを取り戻したい!」と言いつつ、「心の底」では自分でも「セ〇〇スは恥ずかしいこと、してはいけない悪いこと」という意識を持っている、ということがよくあって、それは問題解決の邪魔になってしまいがちなので。
素直に、そして恥ずかしがらずに「俺は(私は)セ〇〇スが大好きで、したいんだよ!」っていう気持ちを認めてしまった方が良いのではないかと思うんですよ。経験的にね。
でも、そこが恥ずかしい、それを認めるのが恥ずかしいから、色んな「無駄な意味付け」をして自分を正当化しようとする。セ〇〇スを求めるのは自分がエロいからじゃない!って下手な言い訳をしようとする。
それが余計、問題を複雑化してしまう要因になるのではないでしょうか。
ご記憶されている方もおられるかもしれませんが、数か月前に、とある「本当はしたくないのに、ご主人との関係を維持するために我慢して応じている」女性とブログの記事上でお互いを非難し合う、と言う状況になったことがありました。
そのときに、その方が書いていたこと。「拒否される側って、色々言ってるけど、所詮”やりたい”だけだよね」。
この発言を読んで、拒否される側の方は腹を立てる方も多いのではないかと思います。
実際、僕も読んだときは腹が立ちました。でも。
冷静に考えれば、そのとおりの部分もあるんです。特に男性側はね。でも「やりたいだけでしょ」というのを認めるのが恥ずかしい、悔しい。だから色んな意味をつけてしまう。「愛情確認だ!」「コミュニケーションだ!」ってね。
相手はセ〇〇ス以外の部分で愛情を確認したい、コミュニケーションをとりたい、って言ってるわけですから、それを無視して「愛情確認だ!」「コミュニケーションだ!」って言ったって、相手からすれば「ただやりたいだけじゃん」って感じるだけなんです。
一方、女性の場合には「ただ単にやりたいだけ」ではないケースも多いでしょう。相手と触れることで安心感を得る人も多いですし、自分自身の「女としての価値の確認」の意味をつけてしまっている人も多いから。
でも、ここでも「必要以上の意味付け」をしてしまうことが、やはり自分を傷つけることになっているのではないかと思うんです。「求められないから、女として魅力がないんだ」とか、「セ〇〇スがないから、愛されていないんだ」とか。
なんだか必要以上に、セ〇〇スに意味付けして重たくしてしまっている。
もう少し、軽くてもいいと思います。
コメント
こんにちは
のりこです
こちらのブログに初めてメッセージを送った時、
私は真っ暗闇の中にいる、と書きました
ふと、気づいたんです
真っ暗闇ってあったな、
そうだそうだ!私真っ暗闇にいたな、って。(笑)
真っ暗闇の事すら忘れていました
私、こんなに成長したんですね
すごいでしょ!(自慢) (^o^)v
自分で気付いてビックリしました
まだまだ浮き沈みはあるけれど、浮いたり沈んだりの場所が高い位置になりました。
浮気発覚以前の私は、将来のためにと節約しまくっていました。
過度な節約です。
でも、今は欲しいものは買うし、外食も増えたし、洗剤も使いまっくっちゃうし、スーパーでお惣菜も買っちゃいます(笑)
そしたら、すっごい楽になった。気持ちが楽になった。
生きやすくなった
楽しくなった
人生の楽しみが増えました!
頑張りすぎ、我慢しすぎ
夫の浮気はこれを教えてくれました
夫ともお出かけいっぱいしています
自分が楽しむ、ということを前提にしているので、本当に楽しい
夫も楽しそうに見えます
夫との会話も今が一番楽しい気がする
気持ちが落ちていると、夫からの愛に気付く事が出来ない
何かしてくれても、変に疑っちゃったり、無駄な意味付けをしちゃう
まだまだそんな事も多いけど、基本、毎日楽しいです
すごい幸せ感と苦しさを、同時に感じることなんてあるんですね~~
いやいや、人生経験してみないとわからない
夫よ、色々経験させてくれてありがとよー(笑)
のりこさん、こんにちは。
セッ〇スのことや、浮気のことと並んで、夫婦関係に大きな影響を与えるのが、お金の話。
きっと、少し頑張り過ぎていたんですね。でも、気付けて良かった。^^
最初とは、全然変わりましたよ。本当に良かった。
これからも、頑張り過ぎずに。辛かったらここに吐き出して。
幸せになりましょう!
『セ…に意味付けし過ぎ』・・・ウンウン😉本当にそう思います。快楽を求めることは、恥ずかしいことでもいけないことでも何でもない❗️自分を満たす人生の中でな重要な努力の一つの形ですよね。😊🍀
少し前のブログ文ですが、あなた様のお言葉は、いつでも飾らず難解ではなく勇気というか、今の私に爽快な気持ちを与えて下さいます。