「セックス」に「重い意味」をつけすぎている、のか。

真面目な”性”の話
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日本人は、「性」に割と大らかな民族だった。

以前このブログでも書いたが、農村や都市部の商家などでは戦前まで「夜這い」という風習や、祭の後の「乱交」騒ぎなど、普通にあったようだ。「貞淑であること」を求められたのは、ごく一部の特権階級の娘だけ、というのがかつての日本人の姿だったようだ。

「夜這いの民俗学」と言う本を読むと、そこには「セックス=気持ちいいこと」であって、「気持ちいいことをしたくなって何が悪い?」という「あっけらかんとした雰囲気」があったことが偲ばれる。そして、そこには男女の別など無い。男も女も「気持ちいいことをしたいのの何が悪い?」と言う雰囲気を感じる。

有名人の不倫が報じられるとき、「不適切な関係!」と決まりきったように批判し、これでもかと当事者は叩かれるのがあたり前になっている。

でも、その実、世の中の多くの男女は不倫経験がある、という。

人としては「不適切」。でも、生き物としては「必要」。

僕ら日本人は、セックスに「重い意味」をつけすぎているんではないだろうか。

その「重い意味」が、男女の間の重荷になって、2人の間に立ち塞がっているんじゃないだろうか。

まぁ、こんなところでぼやいていても、世間が変わる訳ではない、けれども。

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