【レス、克服への道】「拒否」だけして、何もしないのはDVと同じ

「レス」の克服
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レスの問題で夫婦間が揉めているときには、どうしても「どっちが悪いのか」という視点になりがちです。拒否される側は「行為」を受け入れてもらえれば問題は解決する、と考えて「どうすれば受け入れてもらえるのか」「受け入れてくれないなんて酷い!」となりがちですし、拒否する側は「仕方がないでしょ!」「あなたに原因があるのよ!」と突っぱねることで解決しようとする。

僕たち夫婦が「行為」のことで揉めていた最後のころ、僕は段々冷静になりつつありました。そして冷静に話し合っていると、僕たちの話し合いは決して交じり合わない議論だと気が付きました。一方は「したい」、一方は「したくない」。お互い自分の気持ちを相手に認めさせよう、言葉悪く言えば「押し付けよう」としている限り、どこにも落としどころはないのだと。

それでも、最終的に夫婦仲が修復できたのは、僕は自分が望む行為のタイミング、内容を求めることをやめ、妻はできそうな時には行為をすることを受け入れた。双方が、自分のできる範囲で譲歩することができたので、夫婦仲を修復することができたのだと思います。

「拒否」だけして、何もしないのはDVと同じ

パートナーとの行為を「拒否する側」の方々も、苦しんでいることは良く分かっています。

また、このブログに来ていただき、記事を読んでいただいている「拒否する側」の方々は、きっとパートナーとの関係をよくしたい、と思っておられる方だと思うので、ここでこんな記事を書くのは、違うのかなぁ、、とも思ってはいます。

ですが、敢えて書かせていただきたい。

拒否する側が男性であれ女性であれ、生理的な原因であれ、心因的な原因であれ、パートナーとの「行為」を「拒否」するだけして、自分自身は何も行動をしようとしないのは、パートナーに対してDVをしているのと変わらない。僕はそう思います。

我慢してパートナーと行為をしろ、と言うつもりではありません。ですが、「行為」ができないにしても、できる「行動」というものがあります。

なぜ、パートナーを受け付けられないのか。自分はパートナーの何に不満を持ち、どうして受け入れたくなくなっているのか。自分は何故「性のこと」に嫌悪感を示しているのか。

そういったところを知り、自分自身と向き合って、その原因を取り除いていく努力。それは、「拒否される側」だけではなくて「拒否する側」もすべきことだと思います。

夫婦でいる以上、「仕方ないよね」では済まされない

「生理的に受け付けられなくなっちゃったんだから、仕方ないよね。」

「したくないんだから、仕方ないだろ。」

結婚するときの条件として、「行為ができなくなっても文句は言わない」というような話がなされているのなら、「仕方ないよね」でも良いと思います。

ですが、そういった同意もないのに「したくないから仕方ない」とその苦しみを100%相手に押し付けて自分は素知らぬ顔、というのは人として間違っていますよね。

自分自身と向き合い、何が原因なのか、どうすれば状況が改善するのかを模索することは、確かに苦しみを伴います。

ですが、あなたに拒否されることで、パートナーも苦しみを味わっているのです。「俺は(私は)こうなんだから仕方ないだろ!」と苦しんでいる相手を放置するのは、暴力をふるっているのと何ら変わらない。僕はそう思います。

例え時間がかかったとしても、思い通りの道にはならなかったとしても、「拒否する側」のパートナーが、それでも努力をしてくれていれば、拒否される側としても励みになりますし、できない、という事実も受け入れやすくなります。

久しぶりに、「妻側拒否」の掲示板を見て感じたことを書きました。

 

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